近藤等則 地球を吹く

e0241325_8484590.jpg 7日NHKBSでアラスカ山岳鉄道の旅を放映していた。旅の案内人は世界を舞台にグローバルな活動を続けるエレクトリック・トランペッター、近藤等則(としのり)。なんとも恰好の好い中年トランペッターだ。
 ヨーロッパで“A TRUMPETTER carrying MILES back is KONDO(マイルスの後を担うトランペッターはKONDO)”という呼び声も高い孤高のミュジシャンだ。極北の氷河上や草原での自然のバイブレーションの中でのエレクトリックトランペットは聞く人の頭の芯までバイブさせてくれる。残念ながらその演奏はまだユーチューブに未投稿だが「赤田大仏・長谷寺」の演奏ムービーをご紹介する。

「地球を吹く」とは、地球の発するバイブレーション・インスピレーションと共振・共鳴すべく、大自然の中でエレクトリック・トランペットを即興演奏する行為である。

 地球上のあらゆる生命は、太陽を父、地球を母として生まれ育まれてきた。人間もその例外ではない。
 しかし、現代社会に生きる我々は、肥大化した自意識にとらわれ、欲望のままに自然から切りはなした都市文明を築き上げ、生命の大本との大らかな繋がりの感覚をマヒさせてしまったのではないだろうか。
 例えば、我々は国には税金を払い、家族には生活費を渡す。でも地球に何かお返しをしているだろうか。地球にタダ乗りさせてもらっていることに思いをはせる現代人がどれだけいるだろうか。

 何億兆トンもの重さの地球が沈みもせず、あらゆる生命を乗せて太陽のまわりを超高速で飛び、太陽系も銀河の中心のまわりを24000年かけて一周している。
 こうした宇宙のいとなみの中で、我々人類も生かされているのだ。我々人類は地球の申し子であるばかりか、宇宙の申し子でもあるのだ。

 現代人間社会は大いなる発展を遂げているように見えるが、同時にますます閉鎖社会になっているように見えてならない。
 例えば音楽がそうだ。ほとんどの音楽が聴衆のために演奏される。「コンドー、なんで聴衆もいない大自然の中で演奏してるんだ」と言われたことがある。

 音楽は本来人のためにだけあるのだろうか。
 音楽は本来、生命の大本に捧げる人間の聖なる行為であり、地球に他の生命と共に生きる喜びの歌であり、宇宙の神秘と繋がり共鳴しあう魂の叫びではないだろうか。
 「地球を吹く」は、現代都市文明にからめとられた生命を少しでも解放する作業でありたい。
 ともかく、「地球を吹く」は気持ちがいいのだ。
                    by近藤等則

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by mimiyori-hansinn | 2011-10-12 08:24 | ミュージック・ジャズ
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